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「 小 さ な 池 の 大 き な カ エ ル 」



     









々のその昔、「がま池」と呼ばれる小さな池がありました。

そして、あまり知られてはいないのですが、その池には、大きなガマが

静かに住んでいました。

 大ガマは、池がとても気に入っていました。周りの村人たちも大ガマを

怖がる事はありませんでしたし、池にはたくさんの友達もいたからです。

ですから、「今年は雨が降らなくて、困るもんだ」という村人の声を

池の中から聞くと、雷様に頼んで、雨を降らせてもらったり、近くで

大火事が起きた時には、池の水をお腹一杯に吸い込んで、火に向って

吐き出して、火を消したりしたのでした。

 もちろん村人は大ガマに大変感謝しましたが、大ガマはその池と

村人のことが気に入っていましたから、池の底にある自分の家で

ただ、ただ微笑んでいたのでした。みんなの役に立ててうれしかったのです。



て、時代が変わるとともにがま池の周りもだんだん変わりました。

池が少しづつ埋め立てられ、住処はちょっと窮屈になりましたが、

それでもは夏になると、沢山の子供達が釣りをし、大人達は夕涼みにきました。

大ガマは、子供達が大好きだったのです。

 近所のお年寄りも池のほとりを通る時は、池に手を合わせていくのでした。

そんなふうにして、大ガマは池の中で静かに静かに暮していたのでした。

やがて池の周りは建物が立ち並び、中に人が入る事が出来なくなりました。

池のメダカやフナ達は池が静かになって良かったと喜びましたが、大ガマは

浮かない顔です。

大ガマの寂しそうな姿を見掛けたメダカが声を掛けてみました。

「大ガマさん、どうしたんですか?池が静かになったのにうれしてくはない

のですか」そんな問いかけに大ガマはこう答えるのでした。

「池は静かになったけど、人はきっと僕たちのことなんて忘れてしまうに

違いないよ誰も遊びにこない池なんて、寂しいよ」

大ガマは、本当は、とても寂しがりやだったのです。


間達は来なくなりましたが、そのかわり野鳥達が餌を取りにやってくる
ようになりました。

大ガマは、ある日思い切ってゴイサギに話し掛けてみました。

「ゴイサギ君、君はその美しい羽をはばたかせて色々な所に行けるからずい

ぶんと物知りなんだろうね」

「まあね、こんな小さな池にずっと引っ込んでいる君なんかよりは多少物知り

かもしれないね」

ゴイサギは自分の毛繕いをしながら、少しえばって答えます。

「もっと大きな池もあるし、美味しい魚もとれるところも知っているしね」

「へぇー、ずいぶんと物知りなんだね、近くの池のことを時々教えてくれない

かな」

ゴイサギは、少し考えてから「いいよ、機会があればねいくらでも教えてあげ

るよ」

 でも、本当はゴイサギは近くの池はほとんどが埋められてなくなって事を知っ

ていたのです。ただ、それを大ガマにいうのは、何だかかわいそうな気持ちがした

のでした。それでだまっていたのです。

しばらくの間は、「がま池」も静かなものでした。

春になれば、池ではカエル達が玉子を産み、メダカも恋の季節を迎えます。

柳は葉をそよがせ、名も無い草達が花を咲かせます。

 夏になると、その年産まれた子供達も一人前になり、生意気な子供達を親達が

なげきそして、水草も茂ります。

秋になると、みんなでお月見をして、一晩中語り明かすのでした。

そんな、池の仲間達のなごやかな様子を大ガマは見ているのが大好きでした。

こんなことが、いつまでもいつまでも続くような気がして、大ガマはとても幸せ

な気持ちがしました。

 時々、遊びに来るゴイサギに近くの池の様子を聞くのですが、「今度話すよ」と

言われてしまいます。ゴイサギ君も忙しいんだろうな、人の良い大ガマはそう

思ってそれ以上は聞きませんでした。


てさて、それからまた何年か経ちました。ある年の春の事です。いつものように

のんびりと池の底で朝寝をしている大ガマはガタガタゴロゴロバリバリーンと言う

ものすごい音で目がさめました。はて、雷でも落ちたのかな。

 そっと池の上に目だけを上げて見てみると今まで、何年も道と池の間をふさいでいた

建物が壊されています。今までに見た事も無い機械や車が沢山動きまわっています。

「はてはて、何がおきたのだろう」大ガマはもうびっくり仰天です。

 じっと見ているうちに、工事をしている人間の声が風に乗って聞こえてきます。

「もっと急いで工事しなきゃだめじゃないか、池をもっと埋めるんだ」背広を着た人間

がえばった様子で、どなっています。

「池をうめるのかな、僕が何か悪い事をしたのかな、あんなに怒鳴ってるのはぼく

のせいに違いないもの」大ガマは自分を責めました。

でも。どう考えても自分が悪い事をしたなんて、大ガマには思い当たらないのです。

大ガマは人を疑うと言う事を知らなかったのです。

ある日、久しぶりにやってきたゴイサギに聞いてみる事にしました。

「ゴイサギ君、池が埋め立てられるかもしれないんだ、僕は何か悪い事をしたのかな」

もう、大ガマは本当に池のみんなに申し訳なくてしかたなったのです。

それを見ていたゴイサギは静かに大ガマにいうのでした。

「大ガマさん、この池が埋め立てられるのは、大ガマさんのせいじゃないんだ。

良く聞いておくれ 、もうこのあたりには、昔あった池なんてないんだよ。

みんな埋め立てられてビルになったんだよ」

「どうして、ビルにするんだい」大ガマには、よく分かりません

「人間の数がそんなにふえちゃったのかい」

「ちがうよ、そんなことじゃないよ。ビルを作るとお金がもうかるんだよ」

とゴイサギはいいます。「お金が人間を変えちゃうんだ」

そういってゴイサギは、どこかに飛び去って行きました。


  の日の夜、大ガマは昼間のゴイサギの言葉をもう一度考えてみました。

「お金と言うものは、そんなに人間を変えてしまうものなのかな。僕には

本当に分からない」

 それから何日も何日も大ガマは考えてみました。雨の降る日も風の吹く日も

月を見ながら、虹をみながら、空を流れる雲をみながら、夕焼けをながめながら

考えてみました。

それでも、大ガマにはどうしてお金が人を変えてしまうのかやはり分からない

のでした。そのうちに他の池の仲間達が大ガマの所に相談に来るようになりました。

クチボソは「きのう、住家をうめられて大切な子供達のタマゴが消えてしまいました

、どうしたらいいでしょう」と泣きながら相談に来ました。

ザリガニは、「いえね、あの機械をこわしてやろうとしたら私のハサミが取れて

しまいました」と痛さをこらえながらいいに来ました。

 カエル達も同じです「いつものようにタマゴを木に生もうとしたら、木がないんです。

どうしたらいいのでしょう」本当に困っています。


はあまり知られていないのですが、大ガマには昔からの言い伝えがあります。困った事

おきたら満月の板に「がま池」の湧き水の吹き出す穴に向って助けをもとめると答え返って

が来るというものです。

 「ほんとうかなあ」、大ガマは思いましたが、池の仲間のことを考えると他にどうする事も

できません。少しずつ池のうめたてがすすんでいるのです。もう他に考え付く方法がなかった

のです。

 そこで、とうとうある満月の晩、大ガマは湧き水の噴出す穴に向って、とても小さな声で

ささやいてみました「どうかお願いですから「がま池」の仲間を助けてください」

何度も何度も、大ガマは仲間達を守って下さいと繰り返したのでした。

 そして大ガマは、何日も何日も穴のそばで答えを待ちました。寝ないで、食べるもの

も食べずに答えを待っていたのでした。そんな大ガマをみてメダカやザリガニたち

池の仲間は大変心配しました。

「大ガマさん、そんな所でそんなふうにしていたら、いくら大ガマさんでも死んでしまうよ

おねがいだから、少し休んでよ」

 でも大ガマはこう答えるのでした「きっと答えは返ってくるよ。僕にはわかるんだ。

だから、ちゃんとここで待っていないといけないんだよ」

でも本当は大ガマが一番不安なのでした。

 大ガマは心配でどんどん痩せて行きます。それを見て池の仲間達は、みんな大ガマが

死んでしまうに違いないと思いました。


き水の穴は、地下水の流れる道をつたってずいぶん遠くの井戸や数は少ないけれど池に

通じていたのです。

 ですから、大ガマの声は井戸や池をつうじていろいろな所に伝わった行きました。

ただ、大ガマがずいぶん小さな声でささやいたものですから、みんなが気がつくのが

おくれたのでした。

 それでも、今でも井戸を使っている魚屋さんやお豆腐屋さん、染め物やさんにお寺さん

それから湧き水をつかっている釣り堀、残っている池のそばの人達のあいだから

「がま池を助けてって声がきこえる」とだんだんと話題になりました。

どうも、「がま池」で何か大変な事があるようです。

「とにかくさ、がま池にいってみようよ」

「そうだな、俺も行ってみるよ」

「それがいいね」

というわけで、手がすいた時や休みの日に見に行く事にしました。

そして、井戸や池に向って、こう叫んだのです「待ってろよー必ず行くからなー」

 行ってみると大変です。池のまわりはコンクリートで固められ重機が動いて池を埋め立て

ようとしているではありませんか。

「どこの会社か知らないが、ひどいことをするもんだ」

「うん、俺なんて池がかわいそうで見ていられなかったよ」

池を見た帰り道だれともなくささやかれたこの声を大ガマは聞いていたのでした。

「必ず行くからなー」という言葉は、ちゃんとがま池に伝わっていたのです。

そして大ガマはこう思ったのです「お金もうけは人を変えるのかもしれないけれど、

人をしあわせにはしないんだ」

そして、大ガマはなぜか、昔遊びに来てくれた子供達がとてもなつかしくなり、

幸せな気持ちになれたのでした。


て、それからの事です。いろいろな人達が「がま池」の埋め立てを何とかしようと努力

しました。署名をしたり、議会に頼んだりそれぞれかんばったのです。

北は北海道から南は沖縄まで、いろいろな人達が埋めないでと声を上げました。

でも、残念ですが、かなり埋められてしまいました。

それでも「がま池」は生き残っています。

もちろん、一時はやせてしまった大ガマも、何とか元気でやっているそうです。

 時折、井戸のそこから「みんなどうもありがとう、池にあそびにおいで」という声が

今でも聞こえてくるそうです。

皆さんもお近くの井戸ゃ湧き水のある泉にいって耳を澄ますと、ひょっとしたら大ガマの

声が聞こえてくるかもしれません。その時にはこう答えてあげて下さいね。

「必ず遊びにいくからね、待ってろよ」って。
                                                   


                             ――おしまい。――
                                




(※ 注 この文章は「一人の自発的活動家」さん作のオリジナル創作童話で、
                        氏のご好意により掲載許可を頂きました。)                                               
     





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