麻布の寺社
麻布の寺社(元麻布編)| 名称 | 住所 | 宗派、祭神 | 創建 | 開山 | その他一般 |
|---|---|---|---|---|---|
| 氷川神社 | 元麻布1丁目 | 日本武尊、他 | 天慶5年(942年) | 源経基 | 麻布の総鎮守府、万治年間(1658年〜1660年)に一本松付近から当地に移転 |
| 櫻田神社 | 西麻布1丁目 | 天照大神、他 | 治承4年(1180年) | 渋谷庄司重国 | 霞ヶ関にあったが小田原落城時に炎上、その後溜池を経て寛永元年(1624年)当地に |
| 十番稲荷神社 | 麻布十番1丁目 | 日本武尊,他 | 和銅5年(712年)(竹長神社)、慶長年間(末広稲荷) | * | 「末広稲荷」と、永坂にあった「竹長稲荷」が太平洋戦争の戦災により合併して出来た神社 |
栄久山大法寺(大黒天) |
元麻布1丁目 | 日蓮宗 | 慶長2年(1597年) | 日利 | 大黒天像は享保15年(1730年)六本木伊勢屋六左衛門の土蔵にあったものを、時の住持日舜が霊夢で知り、授与された。 |
一松山大乗院長伝寺 |
元麻布1丁目 | 浄土宗 | 寛永5年(1628年) | 林哲 | 閻魔王、三途川老婆の石像があり文化、文政中に栄えた。 |
松本山徳正寺 |
元麻布1丁目 | 浄土真宗本願寺派 | 寛永元年 | 道教 | 寛保3年(1743年)当地に |
興国山賢崇寺 |
元麻布1丁目 | 曹洞宗 | 寛永12年(1635年) | 鍋島勝茂 | 鍋島勝茂が嫡子忠直の菩提を弔うため江戸の郷士仙波一族の墓所、高輪正重寺を譲り受け創建。以降歴代肥前佐賀藩主の菩提寺で、住職は代々鍋島家旧臣、 2.26事件の二十二士の墓 |
| 麻布山(亀子山)善福寺 | 元麻布1丁目 | 浄土真宗京都本願寺派 | 天長元年(824年) | 弘法大師 | 8世了海が親鸞上人により真宗に改宗。文永3年(1266年)亀山天皇勅願寺にされた。 逆さ銀杏、 柳の井戸、住職は代々麻布姓。アメリカ公使館跡。 |
| 仏足山西福寺 | 善福寺中 | 浄土真宗本願寺派 | 弘安元年(1278年)善福寺中に創建 | 了教 | 開基了教、延慶2年(1309年)没。 |
| 万徳山妙行寺 | 善福寺中 | 浄土真宗本願寺派 | 元和3年(1617年) | * | 開創時、芝田町で長元寺と言ったが寛永21年(1644年)芝金杉を経て寛文3年(1663年)当地に移り改名。 |
| 次名山金蔵寺 | 善福寺中 | 浄土真宗本願寺派 | 嘉禄2年(1226年)善福寺中に創建 | 了源 | 了源は金蔵坊と称し了海と共に親鸞上人に帰依、天和5年(1619年)15代覚了のとき金蔵寺と改名。 |
| 棲仙山真福寺 | 善福寺中 | 浄土真宗本願寺派 | 慶長3年(1598年) | 了往 | 創建時、麻布日ヶ窪にあったが寛文年間に当地に移転。 |
| 幽谷山善正寺 | 善福寺中 | 浄土真宗本願寺派 | 天正10年(1582年)善福寺中に創建 | 祐玄 | 開基祐玄、文禄4年(1595年)卒。 |
| 松木山光善寺 | 善福寺中 | 浄土真宗本願寺派 | 天正2年(1574年) | 明薄 | 芝金杉で開創、寛文年間当地に |
| 大慧山善光寺 | 善福寺中 | 浄土真宗本願寺派 | 文保元年(1317年) | 了遵 | かつて地中の池と藤が有名であった。 |
専光寺 |
善福寺中 | 浄土真宗本願寺派 | * | 了智 | 開基了智、延慶2年(1309年)没。 |
| 仙境山春桃院 | 元麻布1丁目 | 臨済宗妙心寺派 | 元和8年(1622年) | 祖連 | 麻布谷町に自適庵として開創、のちに春桃院となり万治元年(1658年)当地に。プロシア公使館跡 |
明見山本光寺 |
元麻布2丁目 | 法華宗(陣門流)越後国本成寺末 | 寛永元年(1624年) | 日要 | 麻布今井村に開創、万治元年(1658年)西久保四ッ辻に移り、延宝6年(1678年)当地に。漆師、鈴木嘉助の墓 |
大向山三光院専称寺 |
元麻布3丁目 | 浄土宗、京都智恩院末 | 寛永7年(1630年) | 伝郭 | 開基は筒井順慶の姪で織田信長の室、三光院殿。沖田総司の墓 |
瑠璃山正光院 |
元麻布3丁目 | 古儀真言宗 | 寛永7年(1630年) | 宥専 | 開基、筑前太守黒田忠之。薬師如来像は里俗に「子安薬師<」と呼ばれ、黒田候寄進の愛染明王像、子育塩地蔵などがあったが、太平洋戦争の戦災で焼失 |
市谷山長玄寺 |
元麻布3丁目 | 浄土真宗本願寺派 | 寛永5年 | * | 山本勘助の孫、観利(俗名、嘉助)が市ヶ谷根来坂に寛永5年(1628年)開基。元禄5年(1692年)浅草北寺町に移り、享保3年(1718年)当地に。侠客、金看板甚九郎の墓、 ラグ−サお玉墓。 |
城久山広称寺 |
元麻布3丁目 | 浄土真宗本願寺派 | 慶長4年(1599年) | 教西 | 西久保城山に庵を結び正保2年(1645年)狸穴に移り延宝6年(1678年)当地に移り享保4年(1719年)現在の寺号を受けた。昭和4年、狸穴の元地でおびただしい人骨が工事中に発見され狸穴町会が発起して広称寺境内に碑を建立し慰霊した。 |
今井山光隆寺 |
元麻布3丁目 | 本門仏立宗 | 正保2年(1645年) | 日貞 | 光長寺15世日貞が元浄土宗千日唱入の跡を買い取り、18世日達が慶安2年(1649年)に建立。 |
| 祥雲山竜沢寺 | 元麻布3丁目 | 曹洞宗 | 寛永3年(1626年) | 伝清 | 開基、大田原備前守。麻布区役所跡 |
法久山安全寺 |
元麻布3丁目 | 日連宗下総小金井本土寺末 | 寛永元年(1624年) | 日英 | 谷中延命院日道は寛政3年(1791年)より寛政8年まで当寺住職を勤めた後、享和3年(1803年)延命院にて破戒邪淫の罪により死罪に処せられた。 |
