江戸期 麻布の火災
大火 西暦 元号 日付 事   象
1602 慶長7年 善福寺尭海が火災にあったとして本尊の再下付を請けた。「木仏之留」
1630 寛永7年 4月22日 善福寺門前より出火、新堀端まで延焼。
1650 慶安3年 2月11日 安部豊後守下屋敷から出火、民家二丁を焼く
1657 明暦3年 1月18日 麻布百姓町の質屋遠州屋彦右衛門の亡き娘・梅乃の振袖を供養する火が燃え移り大火に。火元は本郷の本妙寺。死者108,000名の大火事 明暦の大火(振袖火事)  ・江戸城本丸焼失。麻布被害は不明
1666 寛文6年 11月28日 (南部邸)十一月二十八日重信公御代、江戸御下屋鋪火事出来、御長屋土蔵ばかり残る。
1668 寛文8年 2月4日 鮫が橋より出火、赤坂より日ヶ窪に飛び火して三田・高輪まで焼失
1681 天和元年 12月28日 川田が窪より出火、四谷・赤坂・麻布・三田を焼く
1694 元禄7年 12月15日 麻布今井谷の海野土佐守の屋敷の表長屋8軒が焼失
1699 元禄12年 3月27日 (南部邸)行信公御代御下屋鋪焼失
1702 元禄15年 2月11日 辰下刻(午前九時頃)に内藤宿(新宿区)より出火、北風烈しく青山宿(港区・以下同じ)・百人町・麻布・弐本榎・三田・芝・品川(品川区・以下同じ)・鈴ケ森まで焼失、酉刻(夕刻・六時頃)に火鎮み申すよし 麻布御殿焼失、南部邸焼失
1703 元禄16年 3月 元禄の大火  麻布、赤坂辺焼亡
1707 宝永4年 1月29日 麻布内藤都主殿頭邸から出火一本松辺家具焼亡、鍋島岩松邸にて鎮火
1716 享保元年 1月20日 麻布権太原の松平権之助の屋敷から出火
1721 享保6年 1月28日 善福寺門前より出火、愛宕下まで延焼。
2月7日 四谷中殿町より出火、赤坂今井、麻布、六本木辺まで焼く 港区史
2月9日 四谷忍町より出火、左門町・赤坂・麻布谷町・狸穴・芝まで延焼
1722 享保7年 1月9日 (南部邸)下御屋鋪御長屋之内真木小屋より出火、早速火鎮。
7123 同 8年 2月16日 赤坂より出火、麻布飯倉、三田、白金を焼く  港区史
1725 同 10年 2月18日 麻布鳥居坂より出火、延焼品川まで。焼死けが人多し
1729 同 14年 3月13日 霞町の下屋敷から出火、青山赤坂に及ぶ
1731 同 16年 3月17日 芝森元町より出火、麻布辺におよぶ
6月26日 (南部邸)麻布御屋鋪南の方表長屋より出火、火元村岡丹治 早速消し留め
1734 享保19年 2月8日 麻布の植村刑部太夫屋敷から出火一町ほど焼く
1735 同 20年 10月6日 麻布真田信玄邸から出火、三田方面まで延焼
1745 延享2年 2月12日 (南部邸)麻布御下屋鋪御長屋通り御類焼 御土蔵十二の内五つ焼失す。六道火事。青山六道の辻より出火、麻布・芝・品川に延焼 麻布氷川神社焼失
1747 同 4年 7月20日 麻布市兵衛町に火災
1756 宝暦6年 2月23日 昼前に青山より出火、麻布・三田辺まで焼失
1760 同 10年 2月4日 赤坂より出火、六本木・十番・日ヶ窪から田町を焼き品川にいたる
2月5日 麻布狸穴から出火亥の中刻鎮火
1761 同 11年 2月4日 麻布市兵衛町から出火
1762 同 12年 2月20日 日ヶ窪より出火、赤羽橋まで延焼
1765 明和2年 10月9日 麻布永坂で火事
10月12日 麻布で火事
1771 明和8年 1月21日 鳥居坂上、戸川内膳邸より出火、永坂、十番、古川より高輪まで延焼
1772 同 9年 2月29日 目黒行人坂大円寺より出火し、麻布、廓内、京橋、日本橋、神田、本郷、下谷、浅草寺を延焼した。 行人坂大火 一本松焼失
1777 安永6年 11月29日 谷町より出火、市兵衛町・永坂・狸穴・十番を焼く
1778 同 7年 3月2日 麻布新堀光林寺亥位牌堂より出火、飛び火にて白金御殿跡、青木坂青木縫殿下屋敷焼失
1783 天明3年 12月16日 宮村町表長屋より出火、日ヶ窪にて鎮火
1784 同 4年 1月3日 青山、麻布辺りで大火。
3月23日 麻布桜田町より出火、同町専称寺表門にて鎮火
11月30日 麻布今井町裏長屋より出火、赤坂一ツ木にて鎮火
12月4日 麻布にて火事
12月28日 赤坂より出火、麻布永坂辺まで焼く
1786 天明6年 10月22日 麻布龍土町表長屋より出火、五十間ほど焼く
1789 寛政元年 1月11日 麻布南日ヶ窪町裏町屋より出火、永坂まで延焼
11月6日 麻布本村町にて火事
1792 同 4年 7月21日 笄橋小十人久松忠次郎組・神谷藤次郎居宅より出火、龍土・今井谷・赤坂・青山、番町・小石川近辺まで焼失。この火事により幕府は29日、屋敷類焼の1000石以上の旗本に手当金を出す。火事の原因は神谷藤次郎居宅の下女が子供を遊ばせるため線香で障子の紙に火をつけ大火となったという。この下女は遠島処分となった。
1793 同 5年 11月13日 藪下大隈山より出火、白金遊行寺まで延焼。
1794 同 6年 1月15日 芋洗坂より出火、日ヶ窪、一本松、雑色より古川町まで延焼
1月19日 飯倉より出火赤羽根橋際まで延焼
1795 同 7年 1月14日 麻布御箪笥町より出火
1799 同 11年 3月10日 麻布古川小普請組屋敷より出火
1802 享和2年 1月1日 永坂より出火、十番、雑色、古川まで延焼。
1月13日 坂下町より出火、雑色町全焼
1803 同 3年 3月3日 三屋谷より出火、谷町まで焼失
1804 文化元年 8月19日 永代橋が崩落し麻布町民も罹災
1806 同 3年 3月4日 文化の大火・丙寅の大火・芝車町火事。芝車町泉岳寺より出火、浅草まで延焼。増上寺五重塔焼失 麻布被害は不明
1807 同 4年 11月14日 土器町より出火、赤羽橋まで延焼
1810 同 7年 10月19日 麻布宮下町より出火、久保町辺まで延焼
1811 同 8年 2月11日 市谷念仏坂より出火、四谷・赤坂・麻布・西荻窪まで焼失 焼失戸数2万 死者500人
1814 同 11年 10月8日 (南部邸)丑下刻麻布御下屋鋪観光院様御住居向御類焼
1819 文政2年 2月8日 飯倉6丁目から出火、築地にいたる
1821 同 4年 1月18日 芝新網町より出火、大火となる
7月2日 麻布雑色町から出火、十番・永坂が焼ける がま池伝説
1823 同 6年 1月12日 麻布古川より出火、品川八ツ山へ飛び火
1829 同 12年 4月6日 永坂より出火、飯倉片町・谷町・赤坂溜池まで焼亡
1837 天保8年 5月5日 麻布龍土材木町残らず焼失する
1839 同 10年 12月31日 四谷の湯屋より出火、龍土・笄橋へんまで延焼
1840 同 11年 1月25日 麻布広尾南部坂付近で火事
1845 弘化2年 1月24日 青山より出火、龍土・麻布・新堀を経て高輪で鎮火 青山火事 がま池伝説
1850 嘉永3年 2月22日 森元町より出火、飯倉・赤羽橋まで延焼
1855 安政2年 10月2日 安政の大地震による大火(麻布の被害は不明)
1858 安政5年 11月12日 赤坂より出火、市兵衛町・飯倉片町・狸穴・麻布十番などが罹災
1859 同 6年 11月3日 麻布龍土町より出火、材木町・桜田町が焼ける
1862 文久2年 2月20日 市兵衛町より出火、坂江町延焼
4月20日 麻布龍土町松平大膳大夫中屋敷出火
1863 同 3年 4月7日 麻布山善福寺異人館台所より出火太鼓堂にて鎮火
6月3日 芝永井町より出火、飯倉片町などが罹災 西ノ丸炎上
1864 元治元年 3月28日 麻布辺火事
12月19日 麻布桜田町火事
1867 慶応3年 2月15日 暁丑刻麻布雑色綿打職人金五郎の家より出火して宮下町、新網町代地、十番焼込、永坂町光照寺門前、飯倉新町、其外武家地等焼る、長二町四十間、巾平均五十三間程なり
※  ◎江戸の三大大火 ・ ○大火(麻布の被害は不明)
三大大火・大火
三大大火 1657年 明暦3年 3月2日 明暦大火
1772年 明和9年 2月29日 目黒行人坂大火・明和の大火
1806年 文化3年 3月4日 文化の大火・丙寅の大火・芝車火事
大火 1682年 天和2年 12月28日 お七火事、天和の大火
1698年 元禄11年 9月6日 勅額火事、中堂火事
1703年 元禄16年 11月29日 元禄の大火、水戸様火事
1855年 安政2年 10月2日 安政地震の大火
江戸町火消受持区域一覧(享保7年8月)
人足 区  域
三番組 117 芝田町、久保町、芝古川町、一本松町、麻布本村、龍土町
五番組 285 赤坂伝馬町、赤坂新町、赤坂田町、元赤坂町、麻布今井町
35 麻布宮益町、麻布道玄坂町、渋谷広尾町
144 飯倉六本木町、麻布龍土町、本村町、桜田町、宮村町
132 麻布市兵衛町、谷町、飯倉町、麻布新網町、永坂町
226 西久保町、新下谷町、西久保茸手町、狸穴町





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